2/5-11, 2018 R.I.P. Pat Torpeyと『スリー・ビルボード』


この週、Mr. Bigのドラマーだったパット・トーピーが亡くなりました。享年64歳。心よりご冥福をお祈り致します。Rest in peace… なんてこった…(涙)



人生をおおよそ80年とすると、ちょうど40歳が中間点となります。そこを折り返し地点として、40を過ぎると後半戦。この後半戦に突入すると途端に、体力が落ちたことを実感したり、ストレスから病気になったりして、人は様々なネガティブ要素と折り合いをつけながら、それでも充実するよう生きていく術を身につけていくのだと思います。そんな中、それらが悪化してしまった周囲の友人・知人が病に倒れたりするようになり、どれほど何かしたいと思っても自分には何も出来ることが無く、ただオロオロするばかり。出来る事なんて神社で祈ってお守りを買ってくるくらいで、最終的には何もないかのように普通に振る舞うのが一番良いのではないか?なんて考えるわけです。ただいつものように。病人扱いしてしまったらかえって失礼かもしれないし…。私が初めてMr. Bigに会ったのは1999年の大晦日の大阪ドームでした。カウントダウン・ライヴで、まずはバックチェリー、そしてMr. Bigからの〜エアロスミスでした。でもこの時は仕事していたのはエアロスミスだったので、バックチェリーも、Mr. Bigも、ただご挨拶しただけでした。それから長〜い年月が流れて、なんと15年後の2014年11月に初めてMr. Bigと仕事をする機会を得ました。この時はすでにパットがパーキンソン病にかかっていることが公表されていたので、ライヴ前に1時間近く立ちっ放しでファン対応するのなんて大丈夫かしら?と心配しました。ファンの皆様はよくご存知だと思いますが、世の中には別に病気ではなくても「ミート&グリートはしない」という考え・信念を持ったアーティストがいます。バンドとしてミート&グリートをする場合でも、その人だけは参加しないなどということがあり、でもそれはもう仕方のないこと。その人抜きでも良いというファンだけが参加すれば良いだけです。まして病が公表されている場合、ファンは誰もクレームなどしないでしょう。それなのに、パットは参加してくれました。ステージではサポートメンバーとしてマット・スターがドラムスをプレイしていましたが、最後の曲ではパットがプレイしてくれてファンを喜ばせてくれました。バックステージでの様子も、私には全く問題なく見えました。いつも来日アーティストとしては長いジャパンツアーをしてくれるMr. Bigですが、この時も2週間以上に渡るツアーで、最後まで元気に明るくM&Gをして、ライヴを披露してくれたのでした。















そしてそこからさらに3年後の昨年9月。今度こそ、パットには無理は言えないとVIPチームの誰もが思っていました。M&Gも、ましてや何百枚ものサインなんて、とても頼めないと思っていました。するとM&Gは「マットも参加する」とのこと。最初はパットの代わりかと思いましたが、「マットも」です。バンドとして5人でM&Gをするというので、驚きました。もちろん、ファンは喜びますからこちらとしては有難いことです。そしていざ始まってみると…パットは相変わらずファンサービス旺盛で、車椅子のファンには真っ先にパットがしゃがみこんでファンと話をしていました。サインについてはマネージャーにお任せすることにしたのですが、「サイン貰ったよ」と返ってきた写真を見ると、全てパットのサインも入っていました。これには私たちも驚きましたが、受け取ったファンの皆様も驚いていましたよね。全く、どれほどの時間をかけてしてくれたのでしょう。それでも、以前ガンになったと公表したトム・ハミルトンを心配しましたが、彼はすっかり治ってくれました。そんな経験から、パットも意外と病が進行せずに、このまま来年の30周年を迎えられそうだわ❤️なんて、浅はかな私は思ったものです。周囲に気遣われて当然であったパットが、実は一番周囲を気遣っていたのだということを、今になって気づきました。



英国の哲学者バーナード・ラッセルの言葉があります。「私は、他人が私のもはやできないことをやりつつあるのを知り、可能な限りのことはやったという考えに満足して、仕事をしながら死にたいものである」まさにパットはこの言葉通りの事をやってのけました。だから私はパットを哀れむのではなく、彼へと、そんな彼をサポートし続けたMr. Bigのメンバー全員へ感謝の気持ちを送りたいと思っています。そしてその感謝の気持ちをこれからどのように表していくかが、私の課題です。何枚か、昨年のM&Gオフショットを掲載しました。VIPに参加された皆様はお手元に公式写真をお持ちですが、むしろオフショットの方が自然な表情を見ることが出来ます。パットの優しい表情、そんなパットを見守る他のメンバーの表情などを、皆様とシェアしたいと思いました。同じくこの週、有賀さつきさんもお亡くなりになりました。有賀さんはご家族にさえも一切病状を伏せていらしたとか。それは有賀さんのお考えあってのことだと思いますが、私はパットが病を伏せて早々にバンドを離脱したりなどせず、公表し、病と共に生きる姿をずっと見せてくれたことに深く感謝しています。そしてそんなパットを出来る限りサポートしていたM. Bigというバンドのbeyond musicの部分で、改めて素晴らしいと思いました。



そんな支え合っていたバンドなので、今一番ツライのは残されたバンドかもしれません。何が何でも、今後はパットの分も頑張ってもらえるよう、皆で応援して行きましょうね!!!!!!! See you on the next tour!!!!!!!そんな週の一本は『スリー・ビルボード』です。



この作品にも人の死というものが出てきます。それに対して、残った者はどうするか。いや、何も出来ない。だからこそ虚しかったり、ある人にとってはムカつくことであったりするのです。誰かに対して、或いは自らに対して。そしてとった行動が招くある意味ドタバタ劇が、笑わせてくれ、泣かせてくれ、考えさせてくれ、心にジーンと何かを響かせてくれます。この作品の中には、飛び抜けて賢い人は出てきません。多分そういう人は、遠くの大学に進学して、そのままそちらでやり甲斐のある仕事をするので、ミズーリ州の片田舎には残らないのでしょう。だから、こういった小さな田舎町ではごく普通の人たちが、それぞれ出来る事をしながら、時にイラつきながらも助け合って生活をしているのです。どうしようもなく見える人も、決して芯からの悪人ではなく、誰もが優しい心を持っていて、でも世の中はああ、無情…。我々日本の普通の者には、ちょっと下品過ぎるきらいがあるのはアメリカ中西部ならでは?かもしれませんが、原題は『Three Billboards Ourside Ebbing, Missouri』ですが、実際にミズーリ州にエビングという町は無く、架空の町だそうです。Ebbingという名前自体が象徴的(「衰退する」という意味なので)ですが、そんな過疎化の町でも、人々の根底にある人間らしさ=大切なもの…は変わらない、という事を教えてくれる作品であり、また、何があろうと、その大切なものを決して失ってはいけない、ということでしょう。良い作品でした。果たしていくつアカデミーを獲れるかな?さて、最後になりましたが、ついにセブが来日した週の終わりになってフィフス・ハーモニー(通称5H)のVIPサポートが決まりました。めちゃくちゃ若くて元気なので音楽のジャンルとしては異なるかもしれませんが、国籍は同じ米国でも、人種としてそれぞれラティーナ、アフリカン・アメリカン、ポリネシアンと異なる4人のハーモニーは、Il Divoの若い女の子版です❤️ こちらもどうぞよろしくお願いします!そしてセブ・ファンの皆様、See you in a few days!!!



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