5/13-5/19, 2015 週報

この週は、ついについに待望のスティーヴン・ソロ・シングルが発表されましたね。単に「ソロ・シングル」と言えば過去にもありましたので、正式には「ソロ・アルバムからのファースト・シングル」です。

 

皆様はいかがお感じになりましたか?う~ん、正直なところ可もなく不可もなくって感じでしょうか?スミマセン、私はロック・ファンなので(^^; ただ、STの声はいかにもロックな声だと思っていましたが、別にカントリーになっても何の違和感もありませんでしたね。

AF1ではニュースとして取り上げていませんでしたが、5/13に『アメリカン・アイドル』で初公開される前に、米Rolling Stone誌が予告記事を載せていて、その中で今回STがソロ・アルバム制作の為に共に働いたナッシュヴィルのソングライターの一人、ケアリー・バーロウが言っていました。

「スティーヴンが歌えば、どんな曲だってエアロスミスっぽくなってしまうさ。彼がエアロスミスの声そのものなんだから。でも、スティーヴンは言っていた。ソロのアルバムではそこをもう少し自然に、素朴にしたいんだとね。だから、明らかに伝統的なカントリー、昔ながらのカントリーではないんだけれど、エアロスミスらしさからはっきりと違いを出す為にマンドリンやバンジョーを使いたがっていたよ」

 

…というわけで、あのサウンドだったのですね。確かに「いつものギターの音が無い」ということが一番際立った印象でありそれをロックファンとしては少し寂しく思ったのですが、それがSTの狙いだったわけです。そして、我々エアロヘッズはスティーヴンのソロを聴いて、いかにジョー&ブラッドのギター・サウンドが重要であるかを、改めて認識したのでした。

考えてみれば、もしもSTがソロ・アルバムでも思い切りロックしたとしたら、つまりエアロスミスのST以外のメンバーをそっくり入れ替えたようなアルバムを作ってしまったら、ロックであれば間違いなくカッコ良いはずなので我々は狂喜乱舞して迎えたでしょうが、ジョーは、他のメンバーは、どう思ったでしょうか?

昨年キングス・オヴ・ケイオスのライヴで数曲見聞きしただけで私は大喜びしてしまったのですが、あれはプロジェクトだしアルバムを出したわけではなかったから良かったのです。STがジョーイよりずっと若くてパワーのあるドラマーを使ってソロ活動をしたらジョーイはどう思ったことか。もちろんジョーだって、「今まで散々わがまま言って振り回しておきながらお前が必要だって言うから一緒にやってきたのに(この辺は、自伝本でじっくり読みましょうww)結局はコレかよ。じゃあもうそっちのバンドでやっていけよ」なんてことになったかもしれませんよね(^^;

他のメンバーは何をしてもOKです。ジョーがソロ活動でどんなヴォーカリストを迎え入れようと。でも、STがソロ活動で新たなギタリストを迎え入れるのはタブーかもしれないということは、STが一番分かっていたのでしょうね。例えば女性が男性に荷物を持たせても何も言われませんが、男性が女性に荷物を持たせたら様々に言われるのに似ています。決して「お互い様」では終われない。でも自分も生涯一度はソロを出してみたかった。その結果がカントリーだったのかな?と。そう思って再び聴くと、バンジョーやマンドリンのサウンドもなぜか愛おしく思えてきませんか?

 

そしてこの歌詞。もちろん、女性が目をつぶってSTにこう囁かれたら…なんて妄想するためにあるような歌詞ですが(笑)、ちょっと待って。エアロヘッズならエアロ・ヒストリーもよくご存知なはず。Valentineという単語も入っていますが1984年のあの日、ヴァレンタインの夜に、一度は捨てられたと思っていたジョーとブラッドが自分のところに来てくれて、エアロスミスは不死鳥のごとくその後蘇ったわけでしたよね!「俺は炎の中も歩く。雨の中も走るよ。ずっと待ってる。愛しているんだ…」これがバンドに向けられたと思って聴けば、まさに『アメ・アイ』を辞める時にSTが言った「『アメ・アイ』は俺にとって愛人みたいなもんだった。もう別れて本妻の元に戻るよ」という言葉通り、一番愛している者=エアロスミスに対するLove Songかもしれないですね!

かなりシンプルなメロデイーラインに、STの思惑通りの素朴な仕上がりな曲ですが、いろいろに解釈して、いろいろな楽しみ方が出来る楽曲でもあります。ソロ・アルバムからの最初の1曲にこれを選んだのは、STからバンドへのエクスキューズでもあり、愛そのものかもしれません。実はかな~り奥深い曲ですよ!!さあ、そう思ってもう一度聴いてみましょうか❤

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