8/15-21, 2011 週報

忙し過ぎて灰になっている(笑)スタッフAに代わり、夏休みで出掛けたスタッフBが。

夏休み皆さんはどう過ごされましたか?私は元々マンガ『花の慶次』の大ファンで、昨年新潟の上杉家ゆかりの地を旅してすっかり上杉家にハマってしまい、今年は山形県米沢市(福島と新潟にも)に行ってきました。

が、まずは通り道にある会津若松で寄り道。あまり詳しくなかった白虎隊について、先日福島に元気をという意味で再放送された白虎隊のドラマを見てにわか勉強をし、その舞台である飯盛山へ。本当に白虎隊が通り抜けたとされる戸ノ口堰をながめながらさざえ堂へ。その先にある隊士のお墓を拝みました。一度仮埋葬されたものの、倒幕派の命で掘り起こされ、元の場所へ放置された後、終戦と共に再度埋葬されたそうです。わざわざ掘り起こすなんて…とショックでしたが、その近くには白虎隊の武士道に感動したローマ市から送られたというポンペイ古代遺跡の柱があり、騎士道精神のあるヨーロッパには共感してもらえる話だったのだなと感動もしました。そのまま進むと白虎隊が自刃した場所へ。そこから鶴ヶ城を眺め、余りに距離があるので城下町が燃えているのを城が燃えていると勘違いしてしまったのも仕方ないのかもしれないとすごく切ない気持になりました。

白虎隊記念館を見た帰り道、ネットでは話題になっていたお土産屋さんの呼び込みの凄さに驚きながら(赤べこ買っちゃいましたけど…笑)飯盛山をあとにして、鶴ヶ城へ。天守閣内の展示物を眺めながら登り、最上階から飯盛山を眺め、また悲しい気持ちになりながらお城で買い物をして(お城ボくんが気になって…)、近くにある直江兼続屋敷跡を眺めて猪苗代湖へ。目的は湖ではなく、野口英世さんの生家を見たかったから。小学生の頃、偉人伝を読んで感動したので、是非やけどした囲炉裏を見てみたかったのです。まだ残っているなんて感動でした。野口英世に宛てた母からの手紙も遠い海外に行ってしまった息子に会いたい気持ちがつたないながらもストレートな文章で書かれていて、とても素敵な手紙でした。

寄り道はここまでで一路米沢へ!到着してすぐに向かったのは上杉家の廟所(墓所)でした。ここには歴代の上杉家藩主が埋葬されており、特に謙信公の墓所は立派でした。そのまま上杉神社へ向かい、参拝を済ませて宝物殿へと思ったら震災の影響で建物が壊れて修復中のため、見学できず…。ああ、直江兼続の愛の前立ての本物が見れると思っていたのに…。ここで再訪を決意し(笑)気持ちも新たに先へ。同じ敷地内にある謙信公の遺骸を米沢に来て最初に納めたところや上杉博物館を見学し、ちょっと足を延ばして直江石堤へ。ここは直江兼続が治水工事を行った場所で、今もその時の石垣が残っています。そこの近くには龍師火帝の碑があり、ここも兼続が水と火の神様の加護を得られるようにと建てた碑です。近づいて薄くなってしまった文字を確認したかったのですが、行ってみたら虫がすごくて車から出られず…(大げさですがイナゴの大群に襲われている感覚になるぐらい大きな虫が窓ガラスにガツガツぶつかってきて怖かったです…)。車内から写真をとって退散。その後に駅近くの米沢牛のお店ですき焼きを頂きました。余りの霜降りに後半ちょっと気持ち悪くなり、美味しくて食べたいのに食べれないという悲しいことになりましたが、時間を掛けて完食して本日の観光終了です。

2日目は前田慶次の日ということで朝から墓地があったとされる一花院跡へ。ちょっとした建物があるだけで実際あったのかはわからないそうですが感慨深いものがありました。次は供養塔がある善光寺へ。参拝後は沢山の慶次グッズを買い込み(笑)、慶次清水へ。ここは慶次が晩年を過ごした場所の近くにあり、生活用水として利用していた湧水で、かなり林の中にあって、虫が苦手な自分としてはつらかったんですが、行ってここで慶次が水を汲んでいたのかと思うと来て良かったなと思いました。飲料出来るそうですが、雨の後ということもあり、泥とゴミが混じっていたので断念しました。

その後は近くで慶次のお酒を売っているという酒屋さんへ。原哲夫さんデザインの日本酒が欲しかったのですが、6月の400回忌にファンが集結して完売してしまったそうで、かわりに慶次清水の水で作った日本酒と「大ふへんもの」という焼酎を購入。原哲夫さんデザインの日本酒は第2弾が来月にも出るそうなので予約してきました。その酒屋さんと色々話していたらその後の予定であった林泉寺まで案内しましょうと車で先導して案内してくださり、その親切心に心から感謝でした。この林泉寺は新潟県にある春日山林泉寺が上杉と共に移転したところで、歴代藩主・奥方等の位牌があるところです。謙信公の教育係をしていた天室光育和尚や相談係の益翁宗謙和尚の物もあり、歴史を実感しました。その墓所には直江兼続夫妻や上杉家家臣の墓所があり、立派とてもなものでした。

その後、宮坂考古館へ。いくつかの甲冑が展示されており、その中には慶次の物も。慶次が使っていた徳利や笠が展示されていました。確か謙信公や兼続の甲冑もあったハズ…と思って聞いてみると修復中とのこと。来年は慶次のも修復に出すので揃ってみたかったら3年後にまたおいでと言われ、再訪を再び決意しました(笑)。

その後には酒屋さんから聞いた田んぼアートのある小野川温泉へ。小さい展望台があり、見下ろすと見事に慶次と兼続が!どうやって描いているのかと思ったら植える段階で計画して色違いの苗を植え分けるそうです。凄かったです!ご覧になりたい方は『田んぼアート 慶次 兼続』等で検索してみてください。

その後は市内に戻り、一般公開はしていませんが謙信公が春日山城で大切に祀っていて、戦に出る前には必ず戦勝祈願をし、戦より戻って毘沙門堂へ上がったみると、堂内には泥のついた足跡が毘沙門天像まで続いていたため、謙信は「毘沙門天が共に戦場を駆け巡ってくれた」と歓喜したといわれる伝説の泥足毘沙門天像が法音寺にあると聞いて、どうしても見たくて直接お願いしたら快く見せて頂けました。この像に向かって謙信公が祈っていたのかと思うと歴史のロマンを感じました。じっくり拝観させて頂いた後はスーパーで地元の物を買いこみ、駅弁「牛肉どまんなか」や雪割納豆を買って食べました。凄く味が濃くて美味しかったです。

翌日亀山文殊堂を参拝し、慶次や兼続の直筆の和歌が残っていると聞いていたので楽しみにしていたらパネル展示しかなくガッカリ…。そのまま宮内駅へ行き、うさぎ駅長のもっちいを見て一路新潟県へ!途中道の駅などに寄って芋煮を食べつつ、新発田城へ行き、ヤスダヨーグルト本店でアイスを食べて、新潟駅近くでソースかつ丼を買い込み…とバタバタ大移動しながら鵜の浜温泉へ。翌日には長岡へ戻ってお土産や地酒、イタリアンを買い込み、越後製菓近くの道の駅で煎餅を買いまくり(笑)。そして再度春日山へ。

この度の旅のハイライト、話題の謙信公祭へ!朝からGACKT謙信のグッズを買い込み、物産展で各地の料理を満喫して、出陣行列を見にいざ沿道へ。開始予定4時間前からメインの春日山交差点あたりはすでに壮絶な場所取りが始まっており、ヤマを張って違う交差点で待つこと2時間。白馬に乗ったGACKT謙信が颯爽と走り抜けて行きました。暫くして戻ってくると、馬上で沿道の人に優雅に手を振りながらその声援に応えていました。すると目の前の交差点を旋回しながらセリフ言う見せ場が始まり大興奮!後で撮った写真を見るとテンション上がっていたからか撮れているのは馬ばかり(笑)。交差点での見せ場が終わったので次の会場に移動していると戻ってきたGACKT謙信と遭遇。たまたま前にいた子供に優しく手を振るのを見て思わず「かっこいい〜」とつぶやいてしまいました(笑)。

その後は春日山城跡広場に移動して川中島合戦の再現見ました。甲冑を着た上杉・武田の各隊が合戦を繰り広げ、スモークが焚かれて霧が再現されるとGACKT謙信が登場。老若男女が「お館様〜」と絶叫し、GACKTファンからの高い叫び声が響き渡って、辺りが異様なテンションに包まれる中、救急車が出動(笑)。この日は気温が低く、熱中症ではないと思われるので興奮によるものかと。そのぐらい白馬に乗ったGACKT謙信はカッコよかったです。武田信玄との一騎打ちを終えて走り去っていくGACKT謙信と共にスタッフBの夏休みも終わりました。

沢山の歴史と親切な人に出会った素晴らしい夏休みでした。福島、山形、新潟の皆様ありがとうございました。

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