Amy's This Week

2023.05

23
2023.05.23

5/15-21, 2023 憧憬の地ブルターミュ展と、『TAR』

やっと美術展に行けました。お久しぶりのNWM=国立西洋美術館です。『憧憬の地ブルターニュ』展です。

恥ずかしいことに、かつての私はブルターニュとブルゴーニュがごっちゃになっていましたw え、どっち?みたいなw どちらの場所もピンとこなかったし。多少分かってきたのがブルターニュは塩、ブルゴーニュはワイン…くらい?w

そんな私でしたが、その後ヘル・フェストに行こう!と思い立ってフランスのナントに行ったのでした。そこはブルターニュ。やはり実際に旅するとその地について覚えますよね。これでブルターニュが「フランスの左の上」と覚えたのでしたw

そんな大体の位置だけは把握出来るようになっていましたが、ブルターニュがそれほどフランス人にとって憧れの場所であるというのは分かっていませんでした。確かに海はあるけれど、どちらかといえば北向きで、つまりキラキラした南仏に対して薄暗く寒いイメージ。なぜブルターニュが憧れの地か。この美術展で謎が解けるでしょうか。100%ではないながらもかなり写真撮影OKだったので(ありがとうございます!)、全て私が撮りました。

おお〜、これはミュシャじゃないですか!チェコのミュシャがブルターニュ?これは『岩壁のエリカの花』

こちらは同じくミュシャの『砂丘のあざみ』です。

解説を読めば、いずれも服装がブルターニュ地方の民族衣装だそうです。またミュシャはナントのビスケット会社のパッケージデザインも手がけていたとか。そういえば見たことがあるような気がしました。ミュシャもブルターニュが大好きだったんですね。

この空はまさにターナー!ターナーの『ナント』です。ナントを実際に訪れてデッサンをし、帰宅しアトリエに戻ってからそのデッサンを元に仕上げたそうです。私がブルターニュの中でも唯一行ったナントに、ターナーも行っていたなんてちょっと感激ですw

これはモネの『嵐のベリール』。こんな海が割と私のイメージするブルターニュの海です。ノルマンディーの海を多く描いたクールべの海に似ていますよね。って、ノルマンディーはすぐお隣で地続きですもんねw

あ、これは有名です!風光明媚なブルターニュといえばこの作品を思い浮かべるほど。モネの『ポール=ド・モワの洞窟』です。この海の色。嵐の白波が立った時とは打って変わって透明感のある青と緑。この海を見ているとまさに『憧憬』という言葉が浮かびます。

遠くからでもすぐ分かるゴーガン。ゴーガンもブルターニュが好きだったんですね。こちらは『海辺に立つブルターニュの少女たち』です。ゴーガンが好きということは、ブルターニュはパリ生まれのゴーガンにとって、エキゾチックな雰囲気があったんですね。エキゾチック=異国情緒。この地はゴーガンにとってタヒチへのプロローグだったようです。

異国情緒と書きましたが、ブルターニュは16世紀にフランスに組み込まれるまで独立国だったんですね。そういえばナントでブルターニュ大公城に行きました。ただ、ヨーロッパってどの国も歴史を辿れば王国や公国の集まりじゃないですか。なので、それだけでは特にブルターニュが異国情緒に溢れる説明にならないと思ったら、そうか、ブルターニュだけがフランスの中でケルト人の国だったんですね。

ブルターニュとはラテン語でブリタニア。グレート・ブリテンに対してブルターニュはリトル・ブリテンだったそう。なるほど、フランスの中のケルト文化なら異国情緒に溢れていますね。謎が溶けました。

でもなんだか歴史の皮肉を感じました。古代ローマの時代、今のフランスにいたケルト人たちはユリウス・カエサルのガリア侵攻に遭い、一部が海を渡ってイギリスに逃げて定着しました。がのちに古代ローマがゲルマンの侵攻に遭ってイギリスを撤退すると、その隙を突いてアングロ・サクソンがイギリスに上陸したので、ケルト人たちはアイルランドやスコットランド、ウェールズなどイギリスの各隅っこに追いやられたのです。それが今もケルト文明が残るエリア。その時、アングロ・サクソンから逃げた一部ケルト人たちが再び海を渡った先がブルターニュでした。つまり今でいえばフランスからイギリスに逃げた人たちが、再びイギリスからフランスに逃げて戻ったんですね。行ったり来たり。興味深いです。

ゴーガンの『ブルターニュの農婦たち』。この帽子?被り物がケルト文化なのでしょうか。

モーリス・ドニの『若い母』。ゴーガンの作品からは2-30年後となると、女性がハイヒールを履いているのが印象的です。当時の最新ファッションかもしれないですね。そんな明るい人々を描いた作品ですが、ドニがこの作品を制作したのは妻が長患いの末亡くなった年だったとか。聖母子像を連想させる母子に足元のウサギは子孫繁栄の象徴で、命の連鎖を表したのでしょうか。それともシンプルに、哀しみや喪失感を紛らわす為に明るい色調、テーマの作品に没頭したのでしょうか…。

その2年後に制作されたドニの『花飾りの船』は大原孫三郎という日本人コレクターに購入され、現在愛知県美術館にあります。黄色い傘や2本見える日の丸が大原への配慮という説もあるそうで、これは購入して欲しいおべっかか、購入してくれた事への謝礼なのか…。後者の方がいいな〜ww

あ〜これは観た事ある!と思ったら、ここNWM(国立西洋美術館)所蔵でした。常設展で観たのかな。シャルル・コッテの『悲嘆、海の犠牲者』です。不謹慎かもしれませんが、この作品を観て『涅槃会』を思い起こしました。いえもちろん、お釈迦様は怒りませんね。

面白いのは、この作品を仕上げた数年後にコッテ自らもう一度同じ作品=レプリカを制作したら、そちらは国に買い取られて今はオルセー美術館にあるそうです。あれ、じゃあ私はオルセーでも観たのかな。

これはリュシアン・シモンの『庭の集い』。別荘の庭で、子供達がお芝居を催し大人たちに見せているところだそうです。とはいえ、これほどのステージの設営やピアノを運ぶなど(演奏者はプロを雇ったのではないにしろ)子供たちだけで出来るわけはないので、大人の協力者がいたことは明白です。いずれにしても、仲の良い家族、一族なのですね。

ところでゴーギャンがブルターニュに移り住んだのは生活費が安かったからだそうですが、こちらはとても裕福そう。そうか、ブルターニュ全般が貧しかった訳ではなく、どこも同じ、貧富の差が激しかったのか。その差は現代より大きそうです。ブルゴーニュの光と影です。

こちらは黒田清輝の『ブレハの少女』です。黒田清輝もブルターニュに行っていたんですね。きっとパリで出逢ったフランス人たちの勧めがあったからではないかな。エキゾチックで良い所だからと。日本人にしてみれば、フランス人とケルト人の違いなんて分からないのにねw

ところで私がこの作品で面白いと思ったのは、そのタイトルです。『ブレハの少女』とありますが、作品の解説には「ブレア島を訪れた…」とありました。当然、ここはフランスの地なので「H」の発音は無く「ブレア」が正しいはず。が、そうか。きっと黒田清輝はこの作品を日本で制作したのではなくフランスで制作し、作品名がカタカナではなく現地で『Girl of Brehat』と登録されたのかもしれません。そして当時(明治時代)日本に作品が到着した時に、スペルをローマ字読みして『ブレハ』で邦題登録されてしまったのかも。まあだとしたらよく『ブレハット』にならなかったものですがww

音楽も同じで、最初に音ではなく文字で作品が海外から到着した場合、間違った日本語読みをしたまま登録されてしまい、ずっと残ってしまう事ありますね。何度も書いた事ありますが、「ホイットニー・ヒューストン」もそう。音を先に聞いていればウィットニーで登録出来たのにw こうした登録は変更することは出来ないのかな。ん、それで世間に浸透してしまえばもはや無理なのかもしれないですね。ということは、間違った読み方を定着させてしまうのは日本社会全体か。最初が肝心ですね〜。

そう考えると、Aerosmithはしっかりと音からカタカナ変換されましたね。アエロスミスとはならずに。ていうか、本当に音からカタカナ変換であればエロスミスだったんですけどねwww これは当時のCBSソニー担当A&R野中さんが気を遣って「エアロ」にしてくれたのでしょうねwww

閑話休題。最後に唯一、写真撮影がOKではなかったので絵ハガキを買いました。同じく黒田清輝の『少女』です。ブルターニュ地方の民族衣装が可愛いです。黒田清輝の目にもエキゾチックに映ったのでしょうか。つまり、もともと異国情緒に惹かれて洋画を学びフランスに渡った黒田清輝ですが、その彼の目にさらなるケルト文化のブルターニュがフランスとは異なる異国情緒と映ったのでしょうか。

この作品を観て私が連想したのがシャセリオーの『コンスタンティーヌのユダヤの娘』でした。どちらも、異国人の画家に警戒の眼差しを向け、それすらも魅力の一部として描いている見事にエキゾチックな作品です。古今東西、画家とは異国情緒に惹かれるんですね。

という訳で、なぜブルターニュが憧憬の地だったのか…がよく分かりました。他民族の文化とは、どんなものでも一度は実際に見てみたい、感じてみたい、食べてみたいと思うものです。私は旅好きなので特に強く思います。が一度体験したのち、その異文化に惹かれるかどうかは別問題で「一度行ったから良いや。見たから良いや」と思うことも少なくない中、多くの芸術家を惹きつけ、より好きにさせ、長期滞在したくなり、また再訪したくさせたのは、その地の景色、民族衣装、食事など目に見える物をハード面とすれば、ソフト面と言えるその地の人々との交流、体験も素晴らしかったからに他ならないと思います。つまり、ブルターニュの人々は皆親切で優しく正直だったのでしょう。そう思うと、より一層ブルターニュの魅力が伝わりますね。

グッズコーナーでは絵ハガキなどと並んでブルターニュ名物のお菓子=ガレットやビスケットが販売されていて、そりゃあ買いますよね〜w めちゃ美味しかったです。もっと買えば良かったw 6/11までです。
https://bretagne2023.jp

 

そんな週の一本は、話題の『TAR』です。

4月ボストンへ飛んだ時、機内エンタメに『TAR』があり、アカデミー賞で話題だったしケイト・ブランシェットが大好きなので一足早く楽しめると喜んで観ることにしました。

が、長尺の作品なのに展開が早く、理解が追いつかないまま「え?どういうこと?」の衝撃のラストを迎えてしまい…そこで、これが機内エンタメの良いところともう一度観ることに。けれど今度は途中ウトウトしてしまい、気付けばまた衝撃のラストw そこでもう一度、もう一度…と、結局何度リプレイしたことかw 終いには衝撃のラストは見慣れてしまい、とにかく中盤が観たいの!と観たい箇所を探しながら戻し、リプレイすればまた寝てしまい…となって最後は諦めて寝ることにしましたw

そんな訳で、まあ一応少なくとも一回以上は観たのですが、納得したくて結局シアターに行ってきましたw もちろん、ケイト・ブランシェットの演技は素晴らしかったですよ。それは当たり前過ぎるので、ここではターに対する考察を。

私は社会的にこの主人公ターほどの域に達したことがないので、ターほど傲慢になることも、周囲が過剰に反応することも理解出来なかったのですが、ターほどになれば、こうなるのであろうとは理解出来たと思いました。本人の性格はさて置いて。周囲の過剰反応というか注目度の高さは一種の有名税というものなのでしょう。電気代が上がったと嘆く庶民にとっては、有名になってお金持ちになれば悩みが無くなる錯覚を抱きますが、それはあくまでも錯覚。そうなったらなったで、そのレベルでの悩みがあるんですよね。

ただ、性格というのは本来貧富の差は関係ないはず。でもターが実家へ帰るシーンで、彼女が決して裕福な家の出身ではなかったことが分かります。そこで会う兄も人は良さそうですが、決して品があるとは言えないタイプ。また名前も本来はLinda(庶民的な響きがある)だったのに、小洒落たLydiaに変えていたことが分かりました。(私にはLindaという名の友人がいるのでフクザツでしたww)それらから、彼女が高い向上心、強く言えば虚栄心のある人だと分かります。

私はよく知らない世界なので迂闊なことは言えませんが、クラシックの世界とはある程度裕福な家庭で育った人たちが多いのではないでしょうか。そんな人たちの中で学んだターは、或いはいじめられたことがあったかもしれません。それでも今の地位を得たのは並々ならぬ努力の結果でしょうし、そこから強い自信を得たでしょう。が、それでも、それでもですよ。後天的に得る性格と、持って生まれた性格の割合とはどのくらいのものなのでしょうね。どれほど社会で大きな成功を収めたとしても、ブレない謙虚な姿勢を保つ真摯な人になりたい…と、そんな心配をする必要もないのに思ってしまいましたww

 

さてまだ5月なのに恐ろしく暑くなってきました。私は暑いのが大嫌い。それでもこの夏も生き延びるべく-3度を試そうといろいろ買ってみました。これで生き延びることは出来るかな?ww